Yoshichika's blog life…

2007年2月8日

パンが無ければ蒸しパンの紙でも舐めてればいいじゃない

Filed under: 日記2007 — Yoshichika @ 6:18 PM

チーズ蒸しパンの紙についてるカスとか,ヨーグルトやアイスの蓋の裏にくっついてる奴とか,なんかあっちの方が本体より旨く感じることってない? 昨日,肉まんを家で蒸かしてたら,肉まんってちゃんと蒸すことで紙が本体から離れやすくなって,ほとんど紙に何も付かないんだなぁ~っていう恐らく2045年のノーベル賞は確実であろう大発見をしたわけ.まぁ,2046年に肉まんとピザまんのデータを入れ替えていたっていう捏造を認めて剥奪されますけどね.でも個人的には,カステラの敷き紙にくっついてる,焼き色が付いた生地&ザラメ糖をこそぎとって食べたりするのとか大好きで,もしヘンゼルとグレーテルが迷わないようにあの紙をちぎって道に落としていってたら,その後ろから全部拾っていきますよ.で,ふと「食べ物のくっつきカス」の魅力について布団の中で考えてみたのさ.人によってはそれを食べてると「みっともない」とか,食べ物としての価値を認めてない場合があるじゃない? でも好きな人って一番にこれから食べたり,最後まで取ってたり,先に捨てられたら「何捨ててんだこの○○野郎」とか烈火の如く怒る人もいるじゃん.でも,本体渡されずにカスだけ貰っても,それはそれでキレるだろう,と.じゃあ,このカスが本体と同じ位の量あったらどうだろう? 紙にくっついた蒸しパンのカスをかき集めたのが茶碗山盛りに出てきたとしたら,それはそれでまた萎えるさ.あれは,本体があった上で紙にくっついているのを意地汚く食べるからいいんじゃん,っていう結論に達したわけ.だから,意地汚さの単位として1[MK](Mushipan-no-Kami)を提案したいんですけど,どこに行けばいいですか?

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